腕白関白二次創作「遠き時代の果て・蛇足」
2008年 12月 19日
「ん? どうした、稲」
稲と再会して一ヶ月、今の名前もあるんだが、二人きりの時は昔の名前で呼び合っていたりする。
数十年は呼び合った名前だし、俺も稲もお互いそう呼ばれるのが当然で自然とそうなっていた。
そんなに頻繁に二人っきりになる機会があるのかと思われるだろうが……
「これはなんです?」
「あぁ、そのダンボール箱か、なんと言うか……」
まぁ、あれだ、お互いの部屋のカギをお互いが持ってると言う、そう、察してください。
いや、若くなった事だし、お互い前世での関係に操を立ててたと言うか、ごめんなさい、思いっきり張り切ってしまいました。
今度、稲の両親にご挨拶に行かんといけんなぁ、本多の義父上みたいな親父さんだったらどうしよう……
それは兎も角、あのダンボールの話だ。
あれは、なんと言うか豊臣秀次グッズを入れておく箱だったりする。
誰でも一度は似たような事を経験した事があるんじゃないだろうか?
身近な家族や友人、もしくは自分が有名になって、それにまつわる新聞の記事を集めたり保管したりした経験が。
俺の場合、豊臣秀次が出てくるフィクションがその対象になってたりするわけだ。
「戦国BASARAに、戦国無双、えっと、ゲームですよね?」
あぁ、前に買ってあんまりすぎたんでぶん投げた奴だな。
稲が持つパッケージには結構美形な銃を持った男と黒いオーラを出している妖女って感じの女キャラがデカデカと印刷されたPS2のゲームソフトがあった。
他には、司馬遼太郎が書いた歴史小説や、歴史漫画、ビデオが数本などが入っていたりする。
やたら美化されてて勘弁して欲しいが、フィクションだからなぁ。
「ふふ、やはり後世の人達の評価はお気になりますか?」
そりゃあなぁ、数年前には大河にもなったし、気にならないと言ったら嘘にはなる。
純粋にフィクションとしてなら良く出来てるのは判るんだが……
あまりにも美化が激しすぎてなぁ。
「私も幾つか見ましたけど、それほど大きく違ってはいませんでしたよ」
む、そう言うならちょっと大河の録画でも見てみるか、美化しすぎって事を証明しないとな。
と言う事で、二人でソファーに並んでビデオ鑑賞をする流れに……
この俳優美形過ぎだ、何このくさい台詞、いやいや勇敢すぎるだろうと恥ずかしさでもだえる俺。
懐かしいですね、もう少し秀次様は優しかったと思います、などとべた褒めな稲。
まぁ、手の平に感じる稲の手のぬくもりと、肩に感じる稲の重みは懐かしくて有意義な時間であったことは間違いない。
稲と再会して大きく変化した事が二つある。
一つは、お互いの部屋を行き来するようになったこと。
もう一つが生徒、主に男共の視線だ。
うまくやりやがって、みたいな睨む様な視線が増えた、すげー増えた。
どうやら稲にはかなり人気があったようで、俺、このままだと大学構内で刺されんじゃないだろうか?
まぁ、こっちの大学は出向みたいなもんだ、元の大学の研究室が平和で何よりだよなぁ。
「先輩、彼女が出来たって言うのは本当ですか?」
話しかけて来るのは高校の時からの後輩で、茶色がかかった髪をショートカットにした堅物そうな雰囲気のお嬢さんだ。
当時の友人と石田三成の切腹と当時の流れについて話してた時にそれを聞いてたのか話に入ってきたのが縁で知り合ったのだが……
このお嬢さんがまた凄いの何の、滅茶苦茶熱心な秀次ファンのようでやたらと豊臣秀次に対して詳しい。
俺が石田三成を死に追いやった責任は豊臣秀次にあるみたいな事を言った所、責任の所在は石田三成にあり豊臣秀次には何の責もないとすごい剣幕でまくし立てられたのは何時まで経っても忘れられない。
普段は凄く冷静で多少融通が効かない所はあるが真面目で良い奴なんだが、妙に豊臣秀次を神聖化してるんだよなぁ。
そんなこんなで最初は険悪だったんだが何度か遣り合ってるうちに妙に懐かれた。
懐かれたと言うか、俺を見る目が尊敬を通り越して崇拝に近い所まで来てるんじゃないかと勘違いするほどに気に入られた。
そのせいか、これだけ優秀で探せばもっと良い進路があっただろうに何故か俺の後を追って今の大学に入学してきたんだよなぁ。
しかも、大学入学後はうちの研究室に入り浸っていたりするし、困った奴だ。
どう考えても、過大評価だよなぁ。
しかしタイムリーな話だがこっちの学校まで稲の事が広まってるのか、からかわれて照れる段階は過ぎてるとはいえ由々しき問題だ。
「まぁ、一応な。そんなに話が広まってるのか?」
「いえ、ただ黒髪の女性と仲良く歩いていたのを見かけただけです。」
しれっと答える彼女。
どうやら俺は墓穴を掘ったらしい。
しかし、このお嬢さん、普段はあんまり表情が変わらないのだが、今は妙に不機嫌になってる気がする。
普通なら惚れた腫れたと勘違いしそうなもんなんだが……
まぁ、亀の甲より年の功、それなりに経験を積んできたから言えるが尊敬はされてても惚れられては無いような気がするんだよなぁ。
「先輩は、なんとなくですが、一生結婚とかはしないんじゃないかって思ってました。」
いやいや、そうでもないと思うんだがなぁ。
実際、稲と出会わなければ特に焦って彼女を作ろうとは考えなかっただろうけど……
「どういう知り合いなんですか?」
古馴染みだよなぁ、多分、今の知り合いの誰よりも古い知り合いだな。
そう言った俺を彼女は無言で見つめた。
何となくだが、不機嫌さが薄まって納得の色が見えてきた気がする。
「……もしかして」
良くは聞き取れなかったが軽い雑談をした後、彼女は一礼して帰って行った。
はて、なんだか思い当たりがあるみたいな反応だったが、流石に前世からの夫婦ですなんて判るはずがない。
変な勘違いしていなければ良いのだがなぁ。
-???-
それは偶然だった。
いや、偶然というには運命染みていて、そもそも今この状況が望外の奇跡のようなものである以上、やはり偶然ではなく運命だと思いたかった。
私はあの時、確かに死んだはずだ。
今わの際に見る夢か、輪廻転生の先にある新たな生かそれは未だに判断できてはいない。
そんな時、私はあの人の言葉を思い出す。
堅物で融通の利かない私に柔軟で強靭な新しい物差しを与えてくれた数々の言葉。
もう二度と会えないと思っていたそれに私は再び出会ったのだ。
おそらくあの方は私には気付くまい。
姿も形も性別さえも変わり果てた私に……
それに、あの方に全て押し付けて去った私が、今更どの面下げて名乗れるだろうか?
ただ、それでもあの方と再会させてくれた運命に私は感謝したい。
忠義の志などともてはやされた人間など何処にも居なかった事を私は知っている。
だがもし許されるのならば、あの時、最後まで果せなかった忠勤を此度の世では果したい。
そして、私やあの方のような存在はもっと居るのかもしれない。
可能なら、あの黒髪の女性と会って話しがして見たい。
私の推測が正しいのなら、きっと……
今度こそ続かない。